M&Aは「筋トレ」・「断捨離」~ハゲタカばかりじゃないその意義
M&Aという言葉が日本で普通に知られ始めたのは1990年代以降だと思いますから、まだ30年ほどですね。
15年ほど前のホリエモン事件や、ハゲタカファンドを題材にしたドラマなどの影響もあり、悪いイメージがあると思いますが、実際は、今の企業では欠かせない戦略の一つであり、企業で働く人がM&Aに直接間接に接することも普通になっていると思います。
■M&Aとは
M&Aとは、Mergers(合併)and Acquisitions(買収))の略称です。
つまり、企業同士が合併したり、企業がほかの企業に買収されるといったイベントです。
企業が丸ごとM&Aの対象になるケースだけでなく、企業の特定の部門だけを切り出してほかの企業に買ってもらうこともM&Aに含まれます。
■M&Aの種類と目的
M&Aの種類と目的には様々なものがありますが、代表的な例を挙げてみましょう。
1)同一業種等での合併
これは一番わかりやすいですね。
昔の日本は、同一業種の中に比較的規模の小さい企業が群雄割拠していましたが、似たようなこと(研究開発やシステム構築など)を別々にやっていると非効率です。
合併によって体を大きくして規模の利益(スケールメリット)を出していこうというのがこれです。
1990年代後半にたくさん行われた金融機関の合併はこれの典型です(以前は15行あった都市銀行は今は実質4行です)し、世界的に薬の開発競争が激化している製薬業界、新興国との競争が厳しい製造業などで多くの企業が合併しています。
2)ファンドや他企業による買収
経営不振に陥り、単独で企業活動を続けるのが難しい場合に、投資ファンドに出資してもらったり、他企業の傘下に入るといったケースがこれです。
資金面のサポートを受けるだけでなく、ビジネス面のノウハウの支援や、経営者の派遣などを通じて、企業の事業の見直しが積極的に進められることが普通です。
経営者や幹部を取り替えたり従業員のリストラをしたりすることも多く、このことがドラマなどで放送されたことでネガティブイメージの遠因になっていると思います。
ただ、それまでの経営がユルユルであったのを、外部の血を入れることでしっかり筋トレして稼ぐ力をつけるということであり、意味のあることと思います。
3)事業部門の売却・買収
大企業は高度成長期やバブル期にさまざまな分野に業務を拡大してきましたが、競争の激しい現代においては、すべての事業で成功することは難しくなっています。
そこで、自社のコアビジネスに関係が薄い事業や、競争力が弱い事業などを他の企業に売り、自社のコアビジネスに集中するということです。
逆に買い手側は、売り手企業が持っていたビジネスを活用することで自社の企業価値を高められると判断すれば、その事業を買うわけです。
「選択と集中」あるいは事業の「断捨離」ともいえます。
個人がメルカリなどを使って、自分がいらなくなった物を売るのと似ていますね。自分はいらくなったものでも、ほかの人には価値がある場合もあるから、取引が成り立つわけです。
4)事業承継
上の3つとは少し違いますが、小さな工場やお店などについて、創業者が高齢化しても子息が別の仕事をしていて後継ぎがいないといったケースも増えているようで、このような場合に工場やお店を廃業しないためには誰かに経営を引き継いでもらう必要があります。これも広い意味でのM&Aかと思います。
■M&Aは成功しているか?
10年ほど前のある調査によると、日本企業のM&Aの成功率は3割未満でした。
直近の別の調査では、5割近くまで高まっているようですが、まだ低い水準といえます。
(何をもって成功というかは判断が難しいですが)
なぜ失敗するか?ですが、例えば以下のようなことが挙げられます。
・相手企業や対象事業の実力を過大評価して、過大なお金を使って取得してしまった。あるいは、安く売りすぎてしまった。
・合併の時に、相手企業の実力やカルチャーが確認できなかったが、いざ合併したらカルチャーが全然違い、従業員同士の連携や交流が進まず、仕事の統合や改革が進まない。
・買った企業や事業を担っていた有能な人材が辞めてしまい、事業運営に支障が出た。
なので、M&Aの際には、相手企業を事前によく調べることが大事です。これを「デュー・デリジェンス」(企業精査)といい、通常、会計事務所や法律事務所など多数のコンサルタントが支援しています。
人間でいえば、結婚相手を探すときにはお見合いなりデートなりを重ねて人となりや生活習慣・態度を知ることが必要ですし、そのために他人の評価を聞いたり、昔であれば興信所を使って身辺調査をしたりする場合もあったわけですが、これと似ています。
ちなみにデュー・デリジェンス(DD)にも様々な分野視点があります。以下、こうした仕事に関心がある方のために参考までに例示します。
・財務DD
財務状況を精査します。上場企業は決算書を開示していますのでそれを見るとおおよそのことはわかるのですが、粉飾がないかや、決算書から見えない足元での状況変化などを精査することになります。
・税務DD
法人税等の追徴リスクなどを精査するほか、M&A時にどのような資本取引にするかで税務上の扱いがどう変わるかを助言したりします。
・法務DD
潜在的な訴訟案件や、ハラスメントなどコンプライアンス事案の状況などを精査し、法務面のリスクを把握します。
・人事DD
人事処遇制度の精査をして人件費構造を把握したり、キーパーソンの特性などを把握したりします。
・ITDD
ITシステムは今や企業に欠かせないインフラです。これの品質やコストを精査し、M&A後のシステムの統合再編に活かします。
・環境DD
工場からの廃棄物によって近隣の環境汚染などを起こして損害賠償を受けるリスクがあるケースもありますので、こうしたリスクがないかを調べます。
・ビジネスDD
本業のビジネスの成長性や他企業との競争力を精査します。その業界全体の状況に照らしての強み分析や、その企業が外部に公表した事業計画(将来の売り上げ予測など)の妥当性を精査したりします。
■従業員にとってM&Aは良いことか?
M&Aにネガティブなイメージを持つ人は多いと思います。例を挙げるとこんな感じでしょうか。
・買った企業のいいようにされてしまう。
・ポストが減ってしまい出世しにくくなる。
・仕事のやり方を変えなければならなくなる。
・リストラされる。あるいは賃金カットされる。
確かにこれらは従業員にとっては厳しいことですね。
ただ、例えば仕事のやり方を変えるという点は、他人から言われないとやらなかったことを実行する契機になると考えれば、そう悪いことともいえないと思います。
ちなみにリストラや賃金カットについては、投資ファンドであっても決して無茶なことはできませんので、過度に恐れる必要はないと思います。すなわち、労働基準法などが定める制約を遵守しないと罰則や企業の評判低下になりますし、不合理な賃金カットやリストラの実施によって、やめてもらうと困る優秀人材が失望して離職してしまえば、企業活動ができなくなり困ります。
さらに、「経営陣や上司が現場の意見を聞かず、変わらないので、困っているんだよね」という従業員にとってはM&Aはよいことかもしれません。困った経営者や上司が退出することで、その企業が変わるチャンスができると考えることもできます。
ではまた。